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-関係者プロフィール -
  スミレアオイハウス住人小泉 誠増沢 洵


写真提供:ムラズミソウイチ

 

スミレアオイハウス住人
夫、妻そして娘2人の典型的な核家族が暮らす、スミレアオイハウス。
2階デスクの並び順に、スミレアオイハウスの住人を紹介していきます。

住人A:
 

妻、ユリ。39歳。スミレアオイハウス管理人。
朝5時半起床、夜9時就寝の、規則正しい生活を送る。

恐らく、住人一のきれい好き。家の管理担当者としては最適なはずだが、この家では、すみずみまで思う存分美しく整えることができない歯がゆさを感じている。
というのも、住人それぞれのテリトリーがある2階デスク周りだけは、“どんなに散らかっていようとも手をつけない”というルールがあるからだ。つい手が出そうになるのをぐっと堪え、今日も荒れ果てたワークルームを見て見ぬフリで過ごす、もどかしさ。あぁ、体によくないな〜。

管理の対象をソトに求め始めた管理人は、かねてからの関心事項だった壁面緑化に目を転じたのだった。現在では余計な造形物を設けることなく、ツル性植物連合軍を外壁に這わせる作業に着手している。今夏、スミレアオイハウス周囲では、植物と建造物が微妙に接近するまでに緑が繁殖しており、これまでにない様相を施している。

 
住人B:
 

次女、アオイ。8歳。小学3年生。  歌手志望。

自分の考えや意見を曖昧にせず、はっきりオモテに出すことができる人物。と書くと、「あら、可愛げがない子ね」なんて思う人もいるかしら?
とにかくお喋りなことには違いない。その上、大人に対して随分厳しい目で見るお年頃。こっちも気がぬけないのである。

そんな油断もスキもない住人Bが、小学校に上がる頃から高い関心を寄せているのが、ファッション&ヘアスタイル。妙な“重ね着ルック”に執着してみたり、時には吉祥寺駅で見かけたお姉サンの格好をまねてみせたりする。
洋服、靴下、アクセサリー、バッグなど、翌日身につけるモノを前夜のうちにあれこれ検討するのが常で、最終的にコーディネートが決まった衣類は、枕元に畳んで準備しておくという几帳面な一面も。

住人の中では最年少だが、普段何でもない食事中の会話で、いきなり哲学的な言葉をさらりと言ってみたりして、妙に納得させられることが多い。この家で住人Bといえば、やっぱり一目置かれた存在なのである。

 
住人C:
 

夫、シュウ。39歳。リビングデザインセンターOZONE勤務。
「ボクは、しがないサラリーマン」が口癖。

これまで家事に参加していなかった企業戦士が、この家に暮らすようになって変化したことを幾つか挙げてみる。

(1)布団を上げる(2)食器を洗う(3)たま〜に洗濯物を畳む(4)風呂掃除をする(5)少しは心のウチを吐露するようになる(6)スーツを着なくなる(7)いつまでも畳の間でごろごろしていて、なかなか出社しない

いつも部屋を美しくしておきたいという気持ちから、意識が変化していった例が多い中、特筆すべきは(5)である。つまり、これまで感情を押し殺し、思っていることをこれっぽっちもオモテに出さない、いわゆるポーカーフェースだった住人が、この開放的な家に暮らすようになってから、ついぽろぽろと思いを語るようになったのだ。

小さな家なのに、この家が人間に及ぼす影響はマスコミと同じくらい、いやそれよりずっと多大なのかもしれない。...そんなことより、会社クビにならない程度にごろごろしてよね〜。

 
住人D:
 

長女、スミレ。10歳。小学5年生。漫画家志望。

一言で言えば、『おとぼけ野郎』。女だから、“野郎”はマズイですね。これが、かなりの『おとぼけ』です。他人の話が聞こえていない。いや、耳からは入っているはずなのに、頭に入っていかないらしい。何度も聞き返すので「さっき言ったばかりじゃないの」「2度も同じこと話したくない」と、よく住人に言われているのを目撃する。

夜8時になると決まって睡魔が襲い、ぐれぐれ状態に。暗い場所がたいそう苦手で、夕食後の歯のブラッシングなんていうのも他者の付き添いを懇願してしまうという情けなさ。洗面所なんて、すぐそこなんですけどね。

それでも、住人D最大の特徴は、何と言ってもあの声の大きさだろう。「ただいま!」の声は、スミレアオイハウスから20メートルほど離れたあたりから発しているらしいのだが、家の中にいて、いつもドキッとするほど近くに聞こえる。
あの声量を、何とか新エネルギーにできないものだろうか。そうすれば、スミレアオイハウスもエコハウスに一歩近づけるはずだと、管理人は真剣に今考えている。

   

 


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写真提供:
ナカサ&パートナーズ

 

小泉 誠
MAKOTO KOIZUMI

  1960年に東京大学の中で生まれる。いわゆる東大出身です。
1980年頃、木工家具のデ ザイナー兼職人を目指すが、運良く職に恵まれず、「空間のデザインをすると、もれなく家具デザインがついてくるよ」という甘い言葉にのせられて空間デザインの世界に飛び込む。
1985年にデザイナーの原兄弟に弟子入りをして、デザインから人間の生き方までを教わり、6年後に独立する。
現在は、生活用品から家具、空間、建築にいたまで生活に関わる全てのデザインに関わり、最近では尊敬するデザイナー、三宅一生さんのブランド「Plantation」の空間デザインを担当する。
   
 
 

 


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増沢 洵(1925〜1990)
MAKOTO MASUZAWA


1925年 東京生まれ
1947年 東京大学工学部建築学科卒業
建築家アントニン・レーモンド氏に師事
1956年 増沢建築設計事務所設立
1963年 日本建築家協会理事(〜1965年)
1964年 東京大学工学部講師(〜1965年)
1967年 中央建築士審査会試験委員(〜1968年)
1970年 ハワイ大学客員教授
1975年 『体育施設』井上書院より発刊
1976年 日本建築家協会理事(〜1978年)
1978年 日本建築学会賞受賞「成城学園」の建築
建築作品展を開催
1980年 『集合住宅』井上書院より発刊
1981年 『洋風住宅設計図集』井上書院より発刊
1983年 建築模型店を開催
BCS賞、中部建築賞受賞「沼津市民文化センター」
1987年 『住宅特集』“建築小思”を1年間執筆
1990年 増沢洵没
1991年 図書館協会賞受賞「成城学園新図書館」

 

 



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